7171867273b37059d53dcf35f08b6a8d_s

不登校の子が増えています。
で、残念なことに、学校に行かないことがダメなことだ、という認識の親が多すぎます。

「みんなが当たり前にできてることが、なんでできないの?」
これ、言われた子どもにとっては、ものすごくつらいことです。

だって、いま、自分がこれ言われてごらんよ。
会社の同僚や先輩に
「どうしてお前は、みんなが当たり前にできてることができないんだ?」
なんて言われたら、返す言葉もないですね。

だって、「なぜできないのか」がわかっていれば、出来てるからです。
わからないんだから、こたえられるわけないじゃないですか。

学校に行くのは、あたりまえと言えばあたりまえです。義務教育だとなおさらね。
でも、行けない、のには、理由があります。
その理由をしっかり分析すべきです。

でも、理由を聞くべき時に、はなから、「行くのが当たり前」「行かないのはダメな行為」というスタンスで向き合ったら、理由なんて聞き出すことは不可能です。
ましてや、その理由が、学校の環境にあるとしたら、まずすべきは、その環境の、何が問題なのか?その問題は改善できるか?の検討じゃないでしょうか?

「いやいや、そういう環境に耐えることが大事だ。それを経験しないと、わがままな人間になってしまう」という意見も、すごくよく聞くセリフですが、「つらいことをがまんするのが強さだ」と教えてしまうと、ストレスをストレスと認識できなくなります。でも、ストレスはゆっくり心をむしばみ、それは、大人になってからの問題行動としてある日発現したりします。
ちなみに、「心頭滅却すれば火も亦た涼し」という言葉がありますが、この言葉を残した人は焼死してるそうです。

いろんな人がいます。集団行動が出来無い人がいます。周囲の人の声が騒音にしか聞こえない人がいます。パーソナルエリアがとてつもなく広い人もいます。(ぼくです)
それでも、大人になったら、いろんな会社があり、職場環境があり、自分に最適な場所を探すことは不可能ではないです。場合によっては、自営業もありです。
でも、学校は、どこもかしこもだいたい一緒です。選択肢がありません。
その学校がつとまらないなら、どこに行ったってつとまるわけがない。なんてことは無いです。

人生いろいろ。会社もいろいろ。
大事なのは、問題を解決することです。
学校に行けないことを、ダメだ!とにかく行け!と強制するだけでは、たとえ学校に行けたとしても、問題は解決していないです。むしろ、ちがう形で問題が進行してる場合もあります。

子どもの中には、悩み事があっても、いじめられていても、親を心配させたくない。親に「いじめられるような弱い人間」と思われたくない。とおもうあまりに、誰にも相談できないまま、学校に通い続けて、そして耐えられなくなってしまう子もいます。

不登校は、不登校というシグナルがでてるからこそ、対策できる可能性があるのです。
学校に行けないことがダメなのではなく、いけない学校の環境に問題がある可能性がある、と考えることも出来るはずです。もちろんその場合も、学校の環境がダメではありません。

大多数の子が不満を感じない学校の環境はダメじゃないです。でもそこに、なにか耐えられない理由があります。
これは、アレルギーと同じように考えてはいかがでしょう。
みんなが食べてる給食を、食べられないなんてダメだ。と言うのは、昔の先生です。

いまは、1人1人に、アレルギーの有無を確認して対応しますね。
保健室にも、アレルギー対策のシリンジなどが用意されるようになりました。
そして、アレルギーがある子は、ダメじゃないでしょ?
(僕は、サクランボ系がだめな気がします。窒息すると思います。)

まずは、
「学校に行くのはあたりまえ。あたりまえの事が出来ないのはダメ人間。」と思ってしまったときに、
「みんなが食べてる給食食べるのはあたりまえ。あたりまえの事が出来ないのはダメ人間。」と思ってみてください。
そうしたら、「そうじゃないよな」と思えるかも。

そこからが、問題解決のはじまりです。
まずは、なぜ行きたくないのかを、ゆっくりと聞いてみたらいいと思います。

出典:植松努氏Facebookより

4人の方がこの記事を「いいね!」と言っています。

【PR】